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ゴニン デ イッシュ





        互いの読みを持ち寄ることで、
        歌の味わいが変わっていく(かも)。
        毎月ある短歌1首について5人が鑑賞文を書く、
        「山羊の木」の期間限定企画です。
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【第1回(あさがお)】 チェンジアッパー(屏真太朗)
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    今回の歌を読んで、第一印象は、恋愛の歌だと私は思いました。肩を並べているのは大切な人で、そのひとと過ごす普通のひとときにふと、このひとと出会えて本当によかったと思っている歌だと感じました。この歌で驚かされるところは「あさがおが朝を選んで咲くほどの出会い」というところです。私はこれを「運命の出会い」と読み取りました。朝顔が朝に咲くのは(朝に咲く理由を私は知りませんが)ほぼ運命的なものだと思います。これが大切な人と出会えた奇跡のようなものを感じさせます。しかも、あさがおを使ったことにより、歌にゆるやかな・おだやかな空気感が漂っている気がします。このすこしひっかかるような表現が歌に深さを与えていると思います。あさがおを詠者が用いたのは、大切な人との思い入れがあるのかもしれません。たとえこれが妄想深読みであっても、歌にリアル感を出す効果があると思いました。

    私は吉川宏志さんについて全く存じ上げていないので、歌に、詠者に、どのような背景があるか全く分からないので、歌だけからいろいろ妄想しながら読みました。

    子どものつたない感想文で、申しわけなかったですけど、読んでいただいた方々、吉川宏志さん、今回書かせていただく機会をくださった石川美南さん、他多数の方々、本当にありがとうございました。



    チェンジアッパーこと、屏(へい)真太朗と申します。平成5年生まれの高校一年生です。高校球児(万年補欠の補欠の補欠)です。08年12月から短歌を作り始めました。夢は、甲子園に出ること・短歌をポピュラーにすることです。
    私の短歌ブログ「手元で落ちて」です。http://changeupper.anisen.tv/


    【第1回】他の4人を読む
    我妻俊樹――「ほどの」をここに置くことのできる存在
    石川美南――ほどほどの出会い
    川野里子――薬剤師の後ろ姿
    松澤俊二――表現レベルでの執念


    「ゴニン デ イッシュ」とは
    | 第1回(あさがお) | 23:16 | - | - | - | - |