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ゴニン デ イッシュ





        互いの読みを持ち寄ることで、
        歌の味わいが変わっていく(かも)。
        毎月ある短歌1首について5人が鑑賞文を書く、
        「山羊の木」の期間限定企画です。
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【第1回(あさがお)】 石川美南
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    ishikawa


     『青蝉』の巻頭を飾る魅力的な歌だが、読み解こうとすると案外難しい。

     まず、「あさがおが朝を選んで咲く」の解釈にやや迷う。ひとつは、一輪の朝顔が、たくさんの朝の中から「この朝」を選んで咲く、という解釈。もうひとつは、朝・昼・夕のうち、朝を選ぶという解釈だ(どちらを採るかによって、「ほどの」のニュアンスも変わってくる)。前者であれば、意志的に掴み取った一生に一度のタイミング、ということになるが、どちらかと言えば、私は後者を採りたい。

     丈の高い向日葵でも、華美な薔薇でもなく、朝顔と重ねられている二人の関係は、あくまでもさりげなく、慎ましい。運命の恋人なんていう大それたものではない、お互いがごく自然に選び取った、ほどほどの出会い。けれども語り手は、その「ほどほど」をこそ、大切に思っているのではないか。

     確かに向日葵や薔薇と比べれば庶民的な花だが、朝一番に開く朝顔には、日暮れ前にひっそりと咲く夕顔のような、儚げな表情はない。朝・昼・夕の三つしかない選択肢の中で、朝を選んだという、そのほんのちょっぴりの前向きさ加減が、今、二人をつないでいる。どちらが先を行くでもなく肩を並べて歩く二人に、目立たないけれど確実に奇跡は訪れているのだ。



    石川美南(いしかわ・みな)
    1980年生まれ。同人誌poolおよび[sai]で活動。歌集『砂の降る教室』、私家版『物語集』『夜灯集』。集英社「すばる」で「ききみみはひだり耳」連載中。
    山羊の木http://www.yaginoki.com/


    【第1回】他の4人を読む
    我妻俊樹――「ほどの」をここに置くことのできる存在
    川野里子――薬剤師の後ろ姿
    チェンジアッパー――おだやかな空気感
    松澤俊二――表現レベルでの執念


    「ゴニン デ イッシュ」とは
    | 第1回(あさがお) | 23:35 | - | - | - | - |