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ゴニン デ イッシュ





        互いの読みを持ち寄ることで、
        歌の味わいが変わっていく(かも)。
        毎月ある短歌1首について5人が鑑賞文を書く、
        「山羊の木」の期間限定企画です。
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【第3回(みずな)】永井祐
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    gonin3nagai


     この歌をはじめて読んだときは水菜を知らなかった。それまでに鍋とかで何回も食べていただろうけれど、あれが水菜という名前のものだというのがよくわかっていなかった。ほんとは今でもあやしい。みずな買ってこいと言われたらスーパーでラベルを確認する。知ってるけど知らないみたいな領域があって、水菜はわたしの中でそのカテゴリーに入る。このカテゴリーの言葉を含む短歌を読むのはどきどきする。ネットで画像検索してもだめだ。わたしはみずなと親しくない。

     歌の中の二人は水菜ともっと親しいのかなと思う。水菜に思い出があるのかな。この時にみずなが思い出になったのか。

     歌の空間構成、ということを考える。この歌を読むとなめらかにカーブするライトアップされた高速道路と、ぽっかり浮かんだ四角い部屋が見える。高速道路はすごく上から見た絵で、部屋はどこだかわからないところに白っぽく存在している。高速道路を通って部屋に行くわけだけど、その間のことは書いていないから、部屋は真空の中に浮かんでいるみたいに見える。マンションの部屋とか、アパートの部屋とか建物もわからないし、どんな街にあるのかもわからないので、部屋はぽっかり浮かんでいる。その下というか少し位相の違うところに高速道路がカーブしている。ライトがきれいだ。

     読むときは「みずな」の後にたっぷり溜めを作りながら読む。二行目をかなりつんのめり気味に来たので、ここで長く休止するだけの勢いが残っている。「かいに。」の後も頭の中で長めに休符を作って無音、というか音の余韻の後に終止する。改行と句読点がそういう読み方に導いてくれる。

     ではこれから水菜を買いにいこうかなとは思わない。何年も前にだかテキストの中にだか、みずなをネタにして思い出を作っていたカップルがいたんだなとは思った。これからもしばらくわたしはみずなとは親しくならない。何年も後にはなる可能性がある。カップルに対してはいつまでも仲良くいて下さいねとか、この瞬間は永遠ですねとかはあんまり思わない。二人ともお元気でぐらいのことを思う。



    永井祐(ながい・ゆう)
    1981年生まれ。早稲田短歌会、ガルマン歌会、さまよえる歌人の会等に参加。
    http://www.d2.dion.ne.jp/~famnagai/



    【第3回】他の4人を読む
    奥田亡羊――分かち書きゆえに可能となる表現
    小島なお――夢と現実の狭間を漂う
    佐藤通雅――これはプロポーズの歌だ
    錦見映理子――どこにもない、どうしても必要なもの

    「ゴニン デ イッシュ」とは
    | 第3回(みずな) | 01:46 | - | - | - | - |