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ゴニン デ イッシュ





        互いの読みを持ち寄ることで、
        歌の味わいが変わっていく(かも)。
        毎月ある短歌1首について5人が鑑賞文を書く、
        「山羊の木」の期間限定企画です。
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【第3回(みずな)】佐藤通雅
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    gonin3sato


     水菜といえば、もちろん野菜だが、しかしもちろん野菜ではない。恋人の名前だ。そしてこれは、プロポーズの歌だ。

     高速道で三時間なら、半端な距離ではない。ガソリン代も半端でない。ちょっとした意気込みがなければ、こうはできない。しかも目的は水菜の部犀を訪問すること。ただの訪問ではない。なんといったって会ったとたん抱きしめ、しめあげる、それから下半身におよぶ。しかし、それだけが目的なら、「水菜買いに」は「女買いに」と同じになってしまう。それ以上のことでなければ「三時間高速をとばして」は、意味がない。「オマエノマルゴトヲ、オレノモノニスルタメニキタ」が、ホントの意味だ。

     それならそうと、はじめから素直に「イッショニナッテクレ」といえばいいものを、ひねくってしかいえない。「女買いに」のきわどさをギャグに反転させることなしには、表明できない。

     「水菜買いにきた」と勢い込んで部屋に入つたものの、ちょっと気弱になり、「みずな/かいに。」とトーンを低める。水菜はどう反応するだろうか。「フーン」「キミ、ナニヤッテンノ」「ナニヨ、コンナジカンニ、三時間カケテ、 カエリナ」……。どれも、いい。



    佐藤通雅(さとう・みちまさ)
    1943年岩手県生まれ。個人誌「路上」を発行。歌集、歌論のほか、『新美南吉童話論』『詩人まど・みちお』『宮沢賢治東北砕石工場技師論』など児童文学分野の仕事も多い。
    http://www.h4.dion.ne.Jp/~rojyo/



    【第3回】他の4人を読む
    奥田亡羊――分かち書きゆえに可能となる表現
    小島なお――夢と現実の狭間を漂う
    永井祐――わたしはみずなと親しくない
    錦見映理子――どこにもない、どうしても必要なもの

    「ゴニン デ イッシュ」とは
    | 第3回(みずな) | 03:06 | - | - | - | - |