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ゴニン デ イッシュ





        互いの読みを持ち寄ることで、
        歌の味わいが変わっていく(かも)。
        毎月ある短歌1首について5人が鑑賞文を書く、
        「山羊の木」の期間限定企画です。
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【第6回(逆)】松村正直
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    gonin6matsumura


     新しく買った携帯電話の「通話」と「切断」のボタンが以前のものとは左右逆になっていて、電話に出ようと思ってボタンを押すたびに間違って電話を切ってしまう、という歌。確かに、携帯電話の「通話」「切断」のボタンはエレベーターの「開」「閉」のように紛らわしい。

     言葉の上では「切りまくる」の「まくる」がいいのだろう。電話を「掛けまくる」とはよく言うが「切りまくる」というのは珍しい。戯画的な表現ではあるけれど、作者の慌てている感じがよく出ていると思う。5・7・5・7・7の定型と7・5・5・8・6(出ようとしては/切りまくる/買い換えた/携帯電話の/ボタンが逆)の意味の切れ目とのギクシャクしたリズムや最後が「逆」でプツリと終っている所も、混乱と動揺を表すのに効果的だ。

     でも、この一首だけであれば、取り立ててどうってことのない歌だろうと私は思う。

     連作で読むと少し違ってくる。この歌より前に「黒電話」の歌が二首出てくるのだ。

      僕んちに電話が来たぞつやつやのボディーに映る3つの笑顔
      黒電話が家に来た日を思い出す 今朝シュレッダーが家に来た

     そう言えば、昔の黒電話だったら受話器を「取る」「下ろす」の動作を間違えるはずもなかったよなぁ、と思う。懐かしい黒電話の歌を背景にして読むと、この携帯電話の歌はすこぶる現代的な、デジタル時代の歌という気がしてくる。そこが一番のポイントだろう。私たちは、こうしたボタンの位置などを、言わば無数に覚えていかなければ、うまく生きていくことができないのだ。

     私の持っている携帯電話の「通話」「切断」のボタンには黒電話のマークが描いてある。それぞれ受話機が上った状態と下りている状態の絵だ。こんな絵だって、時代とともにいつか無くなっていくのだろう。(もう無くなっているのか?)



    松村正直(まつむら・まさなお)
    1970年東京生まれ。塔短歌会編集長。歌集に『駅へ』『やさしい鮫』。現在、初めての評論集を準備中。
    HP 「鮫と猫の部屋」http://www.ac.auone-net.jp/~masanao/
    ブログ「やさしい鮫日記」http://blogs.dion.ne.jp/matsutanka/


    【第6回】他の4人を読む
    宇都宮敦――孤絶の希求が連帯の希求に重なる
    岡本雅哉――これだから自意識過剰な人は
    荻原裕幸――社会が社会の視点を取り戻した
    加藤治郎――日常の秩序が狂っていく

    「ゴニン デ イッシュ」とは
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